五月病はドーパミンの話だった
GW明けに何もかもがグレーに見えるのは、意志の問題じゃない。フェイジックドーパミンの過消費でヘドニック・セットポイントが上昇している——禅の「守破離」がその回復の文法を持っていた。
タグ · 7本
GW明けに何もかもがグレーに見えるのは、意志の問題じゃない。フェイジックドーパミンの過消費でヘドニック・セットポイントが上昇している——禅の「守破離」がその回復の文法を持っていた。
やる気が出ないのは意志が弱いからじゃない。脳は「結果」より「予感」で動く——それを2500年前、法華経は「方便」と呼んだ。
スロットマシンとスマホは、同じ神経回路を使っている。意志の問題ではない——可変比率強化という、最も依存性の高い報酬スケジュールの問題だ。
旅行に行っても、外食しても、映画を観ても——休み明けに、またあの疲れが戻っている。これは意志の弱さではない。コルチゾールの問題だ。神経科学と禅が、同じ答えを持っている。
ADHDは注意の欠如ではなく、ドーパミンの問題だ——具体的には、退屈な作業を「やる気のするもの」に感じさせるトニックベースラインの低さ。神経科学と禅が、どちらも同じ答えを指している。
集中できない心は壊れていない——それがデフォルトだ。現代神経科学はその名を持つ。禅は2500年前にその対処法を持っていた。
現代生活が奪ったもの——それを一言で表す日本語がある。「整う」。その神経科学と、取り戻す方法。