「腹に落ちない話だ」「腸が煮えくり返る」「断腸の思い」。

日本語には、感情を腸の状態で語る言い回しが驚くほど多い。英語にも “gut feeling”(直感は腸で感じるもの)という表現がある。

これは単なる比喩の一致だろうか。それとも、言語が先に見つけていた生理学的な事実なのだろうか。

迷走神経という、物理的な回線

脳と腸は、実際に一本の神経でつながっている。迷走神経だ。

副交感神経系の主要な構成要素であるこの神経は、気分・免疫反応・消化・心拍のコントロールに関わり、内臓の状態を求心性線維を通じて脳に送り続けている(Breit et al., 2018)。同じ研究チームは、迷走神経刺激(VNS)が治療抵抗性のうつ病・PTSD・炎症性腸疾患の補助治療として有望であるという予備的なエビデンスがあると報告している。あくまで予備的な段階であり、確立した治療法ではない。

この神経が単なる配線以上の役割を持つことを示したのが、2011年にカナダ・アイルランドの研究チームがProceedings of the National Academy of Sciencesに発表したマウス実験だ(Bravo et al., 2011)。

マウスに乳酸菌の一種Lactobacillus rhamnosus(JB-1株)を継続的に投与したところ、脳内のGABA受容体の発現が部位ごとに変化した。帯状回・前辺縁皮質では増加し、海馬・扁桃体・青斑核では減少した。同時に、ストレスで上昇するコルチコステロンの値と、不安・うつに似た行動が減少した。

ここまでなら、腸内細菌が脳に何か影響しているという話で終わる。だが、この研究の核心はその先にある。迷走神経を外科的に切断されたマウスでは、こうした神経化学的・行動的な変化がほとんど消えたのだ。

つまり、この菌が脳に届けているシグナルの主要な伝達経路は、迷走神経だった。腸から脳への情報伝達は、比喩ではなく物理的な神経回路として存在している——少なくとも、このマウス実験においては。

腸は、体最大のセロトニン工場でもある

セロトニンと聞くと、多くの人が幸せホルモン、脳内物質を思い浮かべる。だが消化管は、体内のセロトニンの大部分を含んでいる(Yano et al., 2015)。

カリフォルニア工科大学のチームが2015年にCellに発表した研究では、マウスとヒトの腸内細菌叢に含まれる特定の芽胞形成菌が、大腸のクロム親和性細胞からのセロトニン産生を促していることが示された。この腸のセロトニンは消化管の運動や血小板の機能に影響を与える。

ただし、ここは誤解しやすいポイントだ。腸で作られるセロトニンは血液脳関門を通過しない。だから、腸内細菌を整えればセロトニンが増えて幸せになるという単純な図式は成り立たない。腸のセロトニンと、脳内で気分の調整に関わるセロトニンは、別のプールだ。

腸内細菌が影響しているのは、脳内セロトニンそのものというより、セロトニンという物質を介した全身の生理的なネットワークの一部——それが正確な言い方になる。

生まれて間もない頃に、決まってしまうこと

腸内細菌叢とストレス応答の関係を最も早く、最も明確に示した実験の一つが、2004年に九州大学のチームがThe Journal of Physiologyに発表した無菌マウスの研究だ(Sudo et al., 2004)。

腸内に細菌をまったく持たない無菌マウスは、拘束ストレスを与えられたとき、通常のマウスよりも有意に強いACTH・コルチコステロン反応を示した。脳の皮質と海馬では、神経の成長や可塑性に関わるBDNF(脳由来神経栄養因子)の発現も低下していた。

ここからが興味深い。この過剰なストレス反応は、Bifidobacterium infantisという菌を無菌マウスに定着させることで、ある程度回復した。だが、発達の早い段階で菌を定着させた場合にだけ回復が見られ、成長してから同じ菌を定着させても効果は乏しかった。

つまりこの実験が示しているのは、腸内細菌が今日のストレス耐性を決めるという単純な話ではなく、発達初期に腸内細菌へさらされることが、ストレス応答システムの土台そのものを形づくるという、もう少し重い話だ。

これは一方通行ではなく、「軸」である

ここまでの話を個別に見ると、断片的な発見の寄せ集めに見えるかもしれない。だが2019年にPhysiological Reviewsに発表された大規模レビュー(Cryan et al., 2019)は、これらを一つの体系としてまとめている。

このレビューによれば、過去15年間で腸内細菌叢は腸脳機能を左右する主要な調整因子の一つとして認識されるようになった。腸と脳は、免疫系・トリプトファン代謝・迷走神経・腸管神経系という複数の経路を通じて双方向にやり取りしており、短鎖脂肪酸などの微生物代謝物がそこに関与する。この「微生物叢-腸-脳軸」は、自閉症・不安・肥満・統合失調症・パーキンソン病・アルツハイマー病など、幅広い疾患の研究領域で注目されている。

ただしレビューの著者たち自身が、これから先の研究課題として挙げているのは、メカニズムの解明と、微生物を用いた介入・治療戦略の解明の二つだ。つまりこの分野は、因果関係や治療応用がすでに確立した段階ではなく、まだそこへ向かっている段階にある。

プロバイオティクスは効くのか——正直に言うと

ここまで読むと、では乳酸菌サプリを飲めば気分が良くなるのかと思うかもしれない。

2017年にAnnals of General Psychiatryに発表されたシステマティックレビュー(Wallace & Milev, 2017)が、この問いに最も誠実に答えている。

このレビューは、プロバイオティクスがヒトのうつ症状に与える効果を検証した10件の研究を対象にした。5件が気分症状、7件が不安症状、3件が認知機能を評価し、大部分の研究でうつ症状の指標に前向きな結果が見られた。

だが著者たちは同時に、次の限界も明記している。使用された菌株・投与量・投与期間は研究ごとに大きくばらついていた。そして、10件のうち睡眠への影響を評価した研究は一つもなかった。

レビューの結論を要約すると、プロバイオティクスがうつ症状を和らげるというエビデンスは有望だが、臨床集団における追加の二重盲検ランダム化比較試験が、効果を確認するためにまだ必要だ、という趣旨になる。原文は英語で、“The evidence for probiotics alleviating depressive symptoms is compelling but additional double-blind randomized control trials in clinical populations are warranted to further assess efficacy.”と書かれている。

つまり現時点で誠実に言えることは、有望な研究分野だが、まだ結論は出ていないというところまでだ。特定のサプリメントや菌株を推奨する科学的根拠には、まだ足りない。

結局、何をすればいいのか

ここまでの研究が示しているのは、腸と脳が独立した二つの臓器ではなく、迷走神経・免疫系・代謝物を介して常に会話をしている一つのシステムだということだ。

だが、今日から何かのサプリを摂れば整うという話には、まだ科学は追いついていない。マウスの実験で見えてきたメカニズム(迷走神経経路、セロトニン産生、発達初期のストレス応答形成)は、ヒトでの臨床応用に直結するにはまだ距離がある。

確実に言えるのは、この軸の存在そのものが、体を分割して考えることの限界を示しているということだ。気分の不調を「脳だけの問題」として切り離して見るのは、少なくとも今の科学が示す像とは合っていない。

「腹に落ちる」という言葉を、次に使うときは思い出してほしい。それは比喩ではなく、迷走神経を通って本当に脳に届いている可能性がある、ということを。

あなたの脳は今、どの状態ですか?