今週の脳

有酸素運動と海馬体積の関係を調べた14件の対照試験・合計737人分のデータを統合したメタ解析(Firth et al., NeuroImage, 2018)は、海馬全体の体積については有意な増加を示さなかった。

ただし左海馬に限れば、運動群での体積維持効果は統計的に有意だった。事後解析によれば、この効果は「増やす」というより「加齢や不活動で進む萎縮を食い止める」方向に働いていたという。

派手な「運動で脳が大きくなる」という話より地味だが、それが今のエビデンスの実際の姿だ。

Research

Müller et al., “Lactate and BDNF: Key Mediators of Exercise Induced Neuroplasticity?”, Journal of Clinical Medicine, 2020

高強度運動の後に血中乳酸値が上がると、末梢のBDNF濃度も上がる——この総説はその関連を複数の研究から跡づけている。

さらに踏み込んで、安静時に乳酸を点滴で投与するだけでも、末梢・中枢の両方でBDNF濃度が上昇することが確認されている。

かつて「疲労物質」として扱われていた乳酸が、脳の可塑性を駆動するシグナル分子かもしれない、というのがこの総説の骨子だ。ただし著者らも明記している通り、正確なメカニズムはまだ完全には解明されていない。

Experiment

今週の実験:起床後15分のゾーン2ウォーク

起きてすぐ、カフェインを摂る前に、心拍数を上げすぎないペース(最大心拍数の60〜70%程度、会話がぎりぎり続けられる強度)で15分歩く。

高強度である必要はない。狙いはResearch欄で触れた乳酸-BDNF経路を、最も低コストな形で毎朝起動させることだ。

先週の実験結果について、正直に書いておく。

The Dopamine Timesはvol.1(2026年7月5日付)で創刊したものの、しばらく骨組みのまま止まっていた。この創刊バッチの各号は、止まっていた期間のあとにまとめて追いつくかたちで公開している。実験ログとしては、まだ週をまたいで実際に記録した過去データが手元にない——だから「先週の結果」として報告できるものは、今の時点ではない。

次号からは、ここに先週分の記録(歩数・体感・気分の自己評価など)を正直に載せていく。

Bookshelf

『脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方』(ジョン・J・レイティ、エリック・ヘイガーマン著/野中香方子訳、NHK出版)

今週のResearchで触れたBDNFの話を、一冊通して丁寧に展開しているのがこの本だ。著者のレイティはハーバード大学医学部の精神科医で、BDNFを「脳のミラクル・グロー」と呼んだ表現の出典でもある。

運動と気分・学習・加齢の関係を、専門用語を最小限に抑えて説明している。「なぜ運動するべきか」を科学的根拠から知りたい人にとって、最初の一冊として薦められる。

編集後記

The Dopamine Timesは、止まっていた創刊号(vol.1〜)を追いかけてまとめて公開している最中だ。今号もその一本にあたる。

テーマは運動と脳にした。走ることや歩くことに科学的な意味づけを与えると、自分自身、続けやすくなる気がしている。

エビデンスは「劇的に脳が変わる」という単純な話ではなかった。地味で、条件付きで、まだ解明されていない部分も多い。それでも書く価値はあると思っている。まずは自分で試して、正直に結果を書いていく。