今週の脳

睡眠時間を6時間に14日間制限すると、認知パフォーマンスの低下は、2晩の完全徹夜と同水準まで進む。しかも本人の自覚(眠気の申告)はほとんど変わらない。

Van Dongenらの研究(Sleep誌、2003年)が、48人の健常成人を対象にした実験で示した数字だ。研究チームは睡眠時間を8時間・6時間・4時間の3群と完全徹夜(0時間)群に分け、14日間(徹夜群は3日間)にわたって認知課題の成績を追跡した。

結果——6時間睡眠を14日続けた群の成績低下は、2晩徹夜した群と同等になった。一方で被験者自身の眠気の自己申告は実験の前半で頭打ちになり、その後ほとんど悪化を訴えなかった。

睡眠負債は、自覚なく積み上がる。「そこまで眠くない」という感覚は、パフォーマンス低下の指標として機能しない。

Research

Klinzing, Niethard, Born(2019)「Mechanisms of systems memory consolidation during sleep」Nature Neuroscience

この総説が整理するのは、記憶が眠っている間に「どこへ運ばれるか」という経路だ。海馬で生まれた記憶表象は、深睡眠(徐波睡眠)中に繰り返しリプレイされ、少しずつ大脳皮質のネットワークへ移されていく——これが「システム記憶固定」と呼ばれる過程だ。

論文が強調するのは3点。(1) 海馬のリプレイはエピソード記憶だけでなく、海馬に依存しない記憶の固定も駆動する。(2) 徐波睡眠とREM睡眠それぞれに特有の脳波(紡錘波・シャープウェーブリプレイ・シータ波)が、離れた脳領域間の情報の流れとシナプスの可塑性を制御する。(3) この過程を経て、記憶は具体的な出来事から「要点だけを残した抽象的な表象」へと質的に変化する。

一晩の睡眠は、記憶の「保管」ではなく「編集」の時間だということになる。

Experiment

正直に書く。Vol.001は骨組みのまま未公開だった。「先週の実験結果」は存在しない——編集部の実験ログは、実質今週が第1回になる。

今週から始めるのは、次の2点だけを固定するn=1の行動実験だ。

  1. 起床時刻を平日・休日問わず同じ時刻に固定する(アラームなしで無理なく達成できる時刻に設定)。
  2. 就寝前30分は画面を見ない(紙の本を読むか、何もしない)。

評価は毎朝、前日に覚えた無関係な単語10個をどれだけ思い出せるかで記録する。介入なしの3日間をベースラインとし、その後1週間、上記2点を実施した数値と比較する。

n=1なので、その日の体調やストレスといった交絡変数はまったく統制できていない。あくまで編集部の観察日誌として読んでほしい。結果は追って正直に報告する。

Bookshelf

今週の一冊は、マシュー・ウォーカー著『睡眠こそ最強の解決策である』(SBクリエイティブ、桜田直美訳、2018年)。

海馬のリプレイからREM睡眠と感情記憶の関係まで、この号やこれまでの記事で扱ってきた内容の多くは、ウォーカーの研究室が積み上げてきた知見の上に立っている。一般向けの入門書として、睡眠の神経科学への入り口には向いている。

ただし正直に付け加える。本書は出版後、Alexey Guzeyによる詳細なファクトチェックを受け、一部の主張(例:睡眠不足でがんリスクが有意に上がるという記述の根拠の扱い方)が原典の裏付けを欠くと指摘されている。「睡眠は記憶と健康に重要」という大枠の結論自体は、本号で紹介した査読論文とも矛盾しない。ただし個別の数字を引用する際は、本書ではなく一次論文に当たることを勧める。

編集後記

Vol.001を骨組みのまま止めていたことを、まず謝りたい。今週から仕切り直す。

「Attention Risk」と「Dopamine News」は今回見送った。今週分として裏を取れる出典が見つからなかったからだ。ネタがないまま埋めるくらいなら、空欄のほうが誠実だと判断した。次号以降、実際に検証できたときだけ載せる。

今週分かったのは、睡眠負債は自覚なく積もるということ。「まだ大丈夫」という感覚を信用しないほうがいい、というのが今のところの結論だ。