左耳に200ヘルツ、右耳に210ヘルツの音を流す。
すると、10ヘルツの拍が聞こえる。ゆっくりしたうねりのような音だ。
だが、その拍はどこにも鳴っていない。空気を測っても、200と210しか見つからない。10ヘルツの音は、左右の差から脳がつくり出したものだ。
研究
この現象自体は1839年から知られている。問題は、それに効果があるかどうかだ。
2019年のメタ分析が、22の研究・35の効果量をまとめている。対象は記憶、注意、不安、痛みの知覚。
結果は、効果量 g = 0.45。統計的に有意で、研究をまたいで一貫していた。
この0.45という数字が、この記事の中心にある。
効果量が0.2程度なら小さい、0.5程度で中程度、0.8を超えると大きいとされる。0.45は中程度の下寄りだ。つまり——効果はある。だが劇的ではない。
この分析はもうひとつ、実務的な所見を出している。課題を行っているあいだだけ聴くより、課題の前から聴いておいたほうが結果がよかった。効き始めるまでに時間がかかるということだ。
2014年の別の研究では、運動後にシータ帯のバイノーラルビートを聴いた群で、副交感神経活動の指標が高まり、交感神経側の指標が下がったと報告されている。
音でできることの範囲
誤解されやすいのは、「脳波を音で書き換えられる」という言い方だ。
音で脳の活動に影響が出る例は、確かにある。2017年の研究では、高齢者の睡眠中にピンクノイズの短い音を徐波に合わせて流し、徐波と翌朝の記憶成績が改善したと報告されている。
ただし、この手法は眠っている人の脳波を測りながら、波の位相に合わせて音を出している。装置がある。測定がある。
再生するだけの音源と、測定しながら制御する装置は、別のものだ。同じ「音で脳に働きかける」という言葉で語られると、境目が消える。
日本哲学のレンズ
日本語に「あわい」という言葉がある。二つのもののあいだ、境界そのものを指す。
バイノーラルビートは、まさにあわいで生まれている。左の音でも、右の音でもない。二つの差として、聴く人の内側に現れる。片方の耳だけでは、決して聞こえない。
これは能や連歌に通じる感覚でもある。演者と観客のあいだ、句と句のあいだに、書かれていないものが立ち上がる。作品はどちらか一方にあるのではなく、あわいにある。
聴き手が参加しなければ成立しない、という点も同じだ。だからこそ、ヘッドホンが要る。左右が混ざった瞬間、あわいは消える。
ラボノート
- ヘッドホンなしでは成立しない。 スピーカーだと左右の音が空気中で混ざり、差が耳に届かない。効果の議論以前の条件だ。
- 期待値を g = 0.45 に合わせる。 中程度の効果であって、集中力が別人になる類の話ではない。効かなかったと感じるのは、期待が大きすぎた場合が多い。
- 作業を始める前から流しておく。 メタ分析は、事前から聴いていたほうが結果がよかったと報告している。
- 「脳波を書き換える」と書いてある商品は疑う。 測定していない装置に、位相を合わせることはできない。
あなたの脳は今、どの状態ですか?